御行の又市、山猫廻しのおぎん、事触れの治平ら小悪党たちの暗躍を描いた人気シリーズの第3弾。幕末を舞台とした先の2作とは異なり、時代は明治へと移り変わっている。年老いた主人公、山岡百介が、数十年前に又市らによって仕組まれた事件を振り返るという趣向だ。奇怪なしきたりに縛られた孤島、死人が放つ怪火、不死の蛇、人へと変化する青鷺など、著者が得意とする妖怪を題材にした6編が収録されている。第130回直木賞受賞作。 本シリーズの大きな魅力は、どうにも立ち行かない事態を、妖怪の仕業として収めてしまう又市らの大仕掛けにある。その鮮やかな手口は本書でも健在であるが、特徴的なのは、又市らの胸をすく活劇を、過去のものと位置づけている点だ。老いた百介の背後に浮かぶのは、近代へと移行する世の中にあって、失い、忘れ去られていったものたちの姿である。全編を貫くのは、妖怪が無用の長物と化した「無粋な時代」に対する寂莫たる思いだ。それだけに、最終話「風の神」で、最後の仕掛けを施す百介の姿が胸に迫る。 また、『陰摩羅鬼の瑕』など、憑物落としの中禅寺秋彦が活躍する「京極堂シリーズ」と共通する人物が登場する点も興味深い。これにより、又市らが登場する『嗤う伊右衛門』なども含め、その作品世界が、1枚の絵の中に収まることが明らかとなった。そこには、妖怪という視点から、我が国の成り立ちとその行く末を見定めようとする著者の遠大な試みが見え隠れしている。本書は、その重要な接点ともなっているのである。(中島正敏)
百物語を完成させる者・百介
◆「赤えいの魚」
神仏の顔が赤くなると、恐ろしい災厄があるという言い伝え。
それを軽んじた俗人の存在により、その土地そのものが滅びる、
という民間伝承がベースとなっています。
◆「天火」
「天火」とは、もともと雷光または落雷による天災のこと。
本作では、濡れ衣の罪により、又市が処刑されることに……。
歴史上の大事件とも関わる「大仕掛け」には、驚かされます。
◆「手負蛇」
親子三代、蛇に祟られた一族の物語。
◆「山男」
「妖怪」の力が弱まったことを嘆く一白翁に対し、小夜が言う台詞、
「妖怪てェのは、土地に湧くもの時代に湧くもの。
場所や時世を間違えちゃ、何の役にも立ちゃしないのサ」
が印象的。
◆「五位の光」
〈京極堂〉シリーズ『陰摩羅鬼の瑕』の主要人物・由良昂允元伯爵の先祖が登場。
彼らの一族が「鳥」に憑かれた理由が明らかに。
◆「風の神」
「風の神」とは、疫病の風邪をもたらす悪神のこと。
小夜のため、そして自分自身のため、百介は最初で最後の「仕掛け」に臨む。
爽やかな読後感
著者の本は姑獲鳥の夏から始まり結局何だかんだで全部読ませて頂いている。著者の本の中では爽やかさが感じられる著です。それは山岡百介がさっぱりしているのと、それを慕う登場人物が若く爽やかなせいか。京極堂シリーズが憑き物落としとすれば、又一シリーズはその仕掛けを楽しむ本と思ってます。その意味ではシリーズ三作目、加えて『覗き小平次』も又一さんか、も十分仕掛けを楽しめます。
大きな仕掛けが完成するんです。
「巷説」が大好きで、「続巷説」を読んで悲しくて泣いて、この第三作を読むことを躊躇っていたのですが、読んで良かった。感動の余り、号泣しました。又市さんの、京極先生の、ひとつの大きな仕掛けが、やっと完成したというような・・・・感じなのです。
過ぎ去った時代の切なさ
物語の舞台が江戸から明治時代になり、 年老いた山岡百介が、困難な事件の助言を求めて 彼のもとにやってくる巡査らに、 御行一味の話を語って聞かせるという内容になっています。物話全体に流れる雰囲気に、もう過ぎ去ってしまった、 そして百介が又市一味と行動を共にした、 ほんの数年だが彼が一番活き活きとしていた江戸という時代に対する 切ない懐古の念が感じられました。 前作とは違った形式をとりながらも、 あっと驚く仕掛けで困難な依頼を可能にする 又市一味の魅力は色褪せていません。全三作の中でも最も好きな作品です。
極めて現代的な内容
巷説百物語シリーズの第三弾。 扱っている題材が妖怪や物の怪なだけで、 中身は極めて現代的な内容となっています。 物語の中で起こる事件の背景が、 祟りはそれを受ける方の心持ちが発生せしめるもの、 比較の対象がないと人は自らが置かれた状況を判断するのは難しい、 世の中の不思議の多くは単に私達が知らないことだということ、 といった、今にも通じるトリックで実にうまく説明されています。 シリーズの三作目ではありますが、本作単体でも充分楽しめる内容です。 京極夏彦作品のファンは無論のこと、 中身の濃い一冊を読みたいという方にはお勧めの一冊です。
角川書店
続巷説百物語 (文芸シリーズ) 巷説百物語 (角川文庫) 前巷説百物語 (怪BOOKS) 塗仏の宴 宴の始末 (講談社ノベルス) 覘き小平次
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